本日、弁栄上人ゆかりの地を訪問した。
最初は、電話番号を知っている、松戸市五香の善光寺であった。
カーナビで、迷うことなくお寺に到着できたが、残念ながら檀家でなくては中には入れないとの事であったので、門の外から拝ませて頂いた。
その後、柏市沼南町の鷲野谷にある医王寺と医王寺薬師堂を目指した。そして可能なら、上人のお墓へのお参りもしたいと思っていた(因みに、弁栄上人は、新潟県柏崎市で御遷化され、お墓は、そこにもある)。
しかし、カーナビでは沼南町までは入力できるが、鷲野谷が入力不能で、なかなか目的地には到着できなかった。
鷲野谷近辺は、現在でも自然の豊かな場所で、小雨の降る午後でもあり、人っ子一人歩いていなかった。
ここが、お上人のお生まれになられた場所かと思うと、感激しつつ辺りを眺めるのであった。
道行く人に尋ねたいと思ったが、誰にも出会わなかった。
一旦、諦めかけたが、せっかくここまで来たのだから、是非、訪問したいと思い直し、
「阿弥陀様、弁栄上人様、是非、医王子寺、薬師堂、お上人のお墓まで、お導きください。」
と熱心に祈った。
その後、車を当てもなく運転していると、ある小道に気を引かれた。
そこを入って行き、車一台しか通れない小道をどんどん進んで行くと、ある大きな家の前の通りに出た。
”偶然”、その門から出てきたお婆さんに、医王子寺の場所を尋ねると、何と、
「この道を行った、すぐそこですよ。」
と言うではないか!
そこから2、30メートルの場所で、ついに医王子寺の門に到着できたのであった。
お寺には人の気配はなく、木々に囲まれ、爽やかな空気に包まれていた。
その右手の小さな坂を上がると、そこが薬師堂であった。
ここが、お上人が若かりし頃、仏典を熱心に学んだ場所かと思うと、感激もひとしおであった。
お寺までのお導きを感謝しつつ、お十念とお祈りを捧げた。
お寺の周りをざっと見回ったが、残念ながら、弁栄上人のお墓は見つからなかった。
別の場所かと思い、夕闇が迫りつつあったので、今回はお墓へのお参りは諦めて帰ろうと、車に戻った。
しかし、車のドアを開いた瞬間、もう一度、薬師堂に行くよう、促しを感じた。
薬師堂に戻り、あたりを見回したが、やはりお墓はなかった。
ところが、お堂の横に、小さな小道があるのに気が付いた。
導かれるように、その小道を行くと、小さな畑の前に出た。
その向こうに幾つかのお墓があるのが見えたので、手前のお墓を確認してみたが、弁栄上人のお墓ではなかった。
「やっぱりダメか・・。」
と諦めかけて、ふと、右前方に、一つだけ離れて立っているお墓をみると、インターネットで見たお上人のお墓にそっくりであるのに気が付いた。
近づいて確認してみると、はたしてお上人のお墓であった!
これ程偉大なお方であるにも拘らず、そのお墓は、とてもこじんまりとした小さなお墓であった。
人類に光明主義の教えをお示しになられた事、また、本日、医王子寺やお墓にまでお導きく下さった事に、深く感謝を捧げたのであった。
阿弥陀様、弁栄上人様が伴にいてくださり、守り導いて下さっていると確信できた日であった。
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