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2006年10月28日 (土)

運命は決まっているか?

 はたして、運命は完璧に決まっているのか?あるいは、少なくとも変更出来る余地があるのか?

 古来、多くの議論がなされてきた、とてつもなく重大な問題だ。

 多くの人々が、人間の”心の力”により、運命は変えうる、と主張してきた。 

ナポレオン・ヒルを始めとする、多くの成功者達の殆どは、ここに属する。僕が尊敬する立花大敬氏も、ここに属する。

 一方、少数派と思われるが、運命は完全に決まっており、努力しても変える事はできない、と主張する人々もいる。その努力さえも、最初から決まっていたと言うわけだ。

 僕が注目している小林正観氏は、運命は、最初から全て決まっており、変更不可能と主張している人々の1人である。もしかしたら、ビッグバンの瞬間から既に、宇宙の終わりに至るまでの宇宙全体の全ての運命が決まっているのかも、と大胆に推測する人もいる。

 運命変更可能派、否定派、双方の言い分とも、かなり説得力を持っており、一体、どちらの言い分が正しいのか、大いに迷うところである。

 この問題に関し、色々考えているうちに、あるアイデアが閃いた。

 僕の結論はこうだ。

「運命は、決まっているとも言えるし、決まってはおらず、変更可能とも言える。」

 例えば、

 光は、粒子として観測すると、粒子としての性質を示す。しかし、”波”として観測すると、波としての性質を示す。粒子と波は完全に別物と思われるが、光は、双方の性質を観測の仕方によって示しうるのだ。

 運命も同じだと思う。

 ”運命は決まっていて変更不可能”と考える人の前には、運命はそのように振舞う。そして、運命は努力によって変えうると考える人の前には、変更可能なものとして、その姿を現すのだ。

 結局、”運命がどのように姿を現すかを決めるのは、我々なのだ。”

だから、

 各人は、その運命に対し、それぞれの信念と知識、経験に従って、自分の納得の行く解釈を採用すれば良いと思う。運命は、そのように振舞うだろう。

 アフィリエイトで紹介する「夜にそびえる不安の塔」で、著者は、驚異的な霊能者達と様々な経験を重ねる中、この問題に直面する。そして最終的に、ある結論に達するのだが、大いに参考になる著書である。

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