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2012年6月20日 (水)

ミャンマーの大僧正2

たとえおかげでなくても、おかげと思え。おかげにしてやる。

                             金光教教祖

神は決して悪いようにはしないという事を信じている僕としては、何度も思い起こす言葉です。

さて、大僧正(以後、ミャンマー語でサヤドとお呼びする)に会うためミャンマーに飛んだ僕は、思ったより小さなヤンゴンの空港に降り立った。

当時、バリバリの軍事独裁国家であったミャンマーの空港には、銃を持ち、鋭い目つきをした多くの兵士達がいたと記憶している。

少し不安になったが、無事入国できた僕は、早速、サヤドと思しき人物を探した。

何しろ、モテまくって、世界的なハリウッド女優から求婚された人物だから、いくら年を取っているとはいえ、背はすらりと高く、いかにも気品があるハンサムな僧侶を想像していた。

空港には、多くの出迎えの人々がいたが、それらしき人物がいない!

少し焦ったが、よく見まわしてみると端っこのほうに、小柄で少し腰の曲がった、年老いた貧相な僧侶(サヤド、ゴメンナサイ!)が眼に入った。

数人のお伴に付き添われたそのお坊さんに近寄って挨拶をすると、はたしてサヤドであった。

早速、日本製の普通車に乗り込んで、滞在先の日系ホテルへと向かった。

車中で、早速、いろいろと話が弾んだ。

サヤドは、日本語は殆ど忘れてしまっており、英語での会話となった。

車から見える外の景色は、首都(当時)とはいえ、緑が多く、昔の日本は、このような感じであったのではないかと、何となく懐かしさのようなものを感じた。

鋭い目つきの軍人とは対照的に、ミャンマーの人々は、とても穏やかな目をしていて、僧侶や老人に対する尊敬を込めた振る舞いには、とても感心した。

ホテルではサヤドの隣の部屋に滞在することになり、外に出なくてもドア1枚でお互いが行き来できるようになっていた。

僕には、監視役の諜報部の私服の人物が付きまとっていたが、サヤドは「彼は私の信者だから、心配しなくていい。」と言った。

何しろ、サヤドはミャンマーで尊敬を集める大僧正なので、翌日から、大臣も含めた多くの信者たちがサヤドに面会にやって来た。

僕はと言うと、高座のサヤドの左隣に座らされていたので、信者の方は僕も偉い人だと思ったらしく、皆丁寧に挨拶するので戸惑ってしまった。

サヤドは、「こちらは、私に会うため、はるばる東京からやって来た日本の偉いお医者さんで・・。」と自慢げに紹介するので、困ってしまった。

「僕は、単なる一勤務医(当時)にすぎないし、おまけに住んでいるのは東京ではないのに。」と心の中で思っていたが、敢えて口に出すことはしなかった((勿論、サヤドは知っている)。

サヤドは、40歳まではバリバリのビジネスマンであったので、我々が抱く、謙虚で高貴な大僧正と言うより、かなりアクの強い、しかし憎めない性格の人物であった。

続く

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