2016年10月16日 (日)

花守の丘

YOUTUBEで歌を聴いていたところ、たまたま神風特攻隊の映像があったので観てみた。

そのバックに流れていたのが、この”花守の丘”であった。

その、たぐい稀なる美しい旋律と、切なく感動的な歌詞に完全に魅了されてしまった。

まるで、特攻隊の隊員たちに捧げられた鎮魂歌のようだ。

https://www.youtube.com/watch?v=K1by2ZBQmK4

特攻隊の出撃の様子は何度見ても、胸が締めつけられる。

国のため、愛する家族や恋人、友人等を守るために、潔く自らの命を捧げる彼らの姿は、おそらく国を超えて人々の心打つであろう。

また、残された者達の深い悲しみもいかばかりであっただろう。

「行かないで!死なないで!」と叫びたい衝動に駆られる。

しかし、もし僕が当時に生きていたら、やはり特攻隊に志願していたと思う。

戦争は人間の愚かな行為であるが、国を思って自ら散って行った彼等には、深い敬意と哀悼の意を表したい。

自らの命と引き換えに守ろうとした日本の、現在のふがいない状態を彼らが眼にしたら、一体何を思うだろう。

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2016年6月15日 (水)

拙著「宇宙のパワーを呼び込む生き方」についてのお知らせ2

現在、在庫切れとなっている拙著「宇宙のパワーを呼び込む生き方」は、文芸社より出版され、本年12月に全国の書店に並ぶ予定です。

著書名を変更するかどうか、内容に手を加えるかどうか、現在、出版社と協議中です。

具体的な事が決まり次第、またお知らせします。

宜しくお願いします!

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2015年12月24日 (木)

天皇誕生日のささやかな贈り物

僕はかなり多額の税金を払っている。

そのため、顧問税理士からは、”ふるさと納税”の利用を何度も勧められてきた。

ところが、自分自身や実家は、お金や食べ物に全く不自由を感じていないので、面倒くさいとしか思えなくて、これまで全く利用する気になれなかった。

しかし、一昨日、ふと思いついた。

そうだ!ふるさと納税を利用して、乳児院や孤児院へ贈り物をしよう!

昨日は、午後からふるさと納税に関する本を2冊ほど読み、早速ある乳児院へ向け、手続きを行った。

乳児院だから、プリンやジュースといった甘いものが良いのではないかと思い、ワクワクしながら全国の商品から選んでいった。

何らかの理由により、施設に収容されている乳幼児達の事を思うと、不憫でならない。

本来なら、大好きな両親の下でクリスマスや正月を楽しく過ごすのだろうに。

少しでも彼らの力になれたら、と思った。

そして、このように彼らに奉仕できるチャンスを与えてくれた神様に、感謝申し上げた。

天皇誕生日に行えた事に、何となくシンクロニシテイを感じ、また、誇らしく嬉しかった。

このブログの読者にお願いしたい。

まだ、ふるさと納税を利用していない方は、是非、恵まれない人々のために利用して欲しい。

斎藤一人さんは言ってました。

あの世に帰った時、神様から問われることは、2つの事だけ。

”どれだけ人生を楽しみましたか?”と、

”どれだけ人に親切にしましたか?”だそうです。

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2014年12月10日 (水)

カマキリ

以前のブログで書いたように、僕のクリニックの裏側は林になっている。

2年程前のある日、出勤し、職員用の裏口から入ろうとすると、入り口の真ん中に一匹のカマキリが、まるで入り口を守るように陣取っていた。

カマキリをよけながらクリニックに入ったのだが、カマキリが気になり、診察の合間に裏口からカマキリを観察するようになった。

実は、クリニックの裏側はカマキリの産卵場所になっているのだ。

カマキリは、クリニックの壁やそこにある洗濯機の横にへばりついていた。

虚空を見つめ、じっとしているカマキリを見ていると、「今、何を考えているのだろう?」と不思議に思うのであった。

時々カマキリと目が合い、見つめあうのであった。

その度、僕は心の中で「幸せな生涯を送るんだよ。」と語りかけた。

ある日、また裏口を覗くと、いつもの場所にカマキリがいない!

「何処に行ってしまったのだろう?」と思い、裏口から出て、あたりを見回すと、洗濯機の前にいて、自分を探している僕をじっと観察しているのであった。

「あ、いた!」と思い、カマキリと目が合った瞬間、彼女(カマキリ)はピクッと反応し、次の瞬間、僕に向かって猛烈な速さで走ってきた!

カマキリが地上を走るなどと思ってもみなかった僕は、とても驚き後ずさりしそうになったが、ズボンをはいているから大丈夫だろうと思い、身を固くしながらその場に立ちすくんでいた。

すると、カマキリは僕の足元でピタッと立ち止まり、じっと僕を見上げるのであった。

それは、まるで飼い主の下に走り寄って尻尾を振る飼い犬のようであった。

「カマキリって、人の顔を見分ける事が出来るんだろうか?」と、とても不思議な感覚に打たれ、再びカマキリと見つめ合うのであった。

いつもカマキリの幸せな生涯を念じていた僕の心が、カマキリに伝わったに違いないと確信した。

以前のブログで、沖縄に帰省した際、野生の鳥が近くに降り立ち、じっと僕を見つめていた経験を書いた。

その鳥は、僕が日々大断言を唱え、三千世界の大和を念じている事を感じていたのかも知れない。

そう言えば、塩谷先生がアフリカを旅行した際、カバが生息地から離れた先生のホテルの窓のそばまでやって来て、挨拶していったと仰っていた。

また、帰国する少し前には、見たこともない大きな象がやって来て塩谷先生を見送るように、じっと見つめていたと仰っていたとの事。

大和を念ずる者は、自然(地球)から支持されるのだ。

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2013年7月19日 (金)

悔いのない人生

アフィリエイトで紹介している”人生を最高の物語に変える68の言葉”は、現在の自分の生き方、毎日の生活といったものを、再考させてくれる本だ。

そのなかで、3つほど気に入った文章を紹介しよう。

旅心を刺激されてしまう・・・。

実際に行動に移すことが、すべての始まりになるのよ。”(p18)

考えて動けなくなるくらいなら、考える暇もないくらい動こうぜ。”(p20)

迷ったら、心がワクワクする方へ進めばいい。そうやって僕らは旅してきた。”(p42)

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2013年3月11日 (月)

患者との会話:お年寄りってカワイイ!

先日の、高齢の女性患者との会話:

僕:「え~っと、お年はお幾つでしたっけ?」

患者:「44歳です!」

僕:「え?本当ですか?!」

患者:「え?あ、84歳の間違いでした。」

僕:「サバを読むのは20歳くらいまでにして下さい!」

患者:「あーっはっはっは。少し間違えてしまいました。」

僕:「40歳もサバを読むなんて、これまでの中で、最大のサバ読みですネ~。」

患者:「あーっはっはっは。」

冗談の好きな僕は、このような調子で、日々、患者との会話を楽しんでいます。

いつも思うのは、お年寄りってとてもカワイイと言う事です。

ただ、僕は、お年寄りとか、オバアチャン、オジイチャンと言うような言葉を高齢者に向かって使う事はありません。

人間は、幾つになっても心が若ければ若いと思っているので、”~さん”と、名前でお呼びすることにしています。

幸齢者(こうれいしゃ)、あるいは、光輝幸齢者(こうきこうれいしゃ)という呼称を広めませんか?

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2012年12月25日 (火)

クリスマスの夜の贈り物:奇跡の母子犬

幼い我が子に対する虐待のニュースが絶えない今日、この頃であるが、アフィリエイトで紹介している”奇跡の母子犬”は、本当に心温まる素晴らしい本である。

クリスマスの夜に、この本に出会った事は、偶然だろうか?

写真で綴る、保健所に捕獲された母子犬のストーリーであるが、母犬の子犬を思う母性愛には、神々しささえ感じられる。

この母子犬の生涯に幸あれと願わずにはいられない。

それにしても、毎日”処分”されていく物言わぬ小さな命達を思うとき、とても心が痛むのである。

この命達を救うべく、僕なりのアクションを起こしていくつもりだ。

また、この本は、クリニックの本棚に置いておき、多くの人々に読んでいただこう。

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2012年11月 3日 (土)

五十肩

昨日、クリニックに80代の女性の方が受診された。

肩が痛いと言う事であったので、診察してみると肩関節周囲炎、いわゆる”五十肩”であった。

「五十肩ですね。」と僕が言うと、「ええ!先生、五十でいいんですかぁ!」と、ひどく嬉しそうに言った。

そんなに喜んで頂けるのなら、もっとサービスして”四十肩”と言ってあげれば良かったかな、と後で思い返す僕であった。

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2012年8月18日 (土)

オキナワって、イイ!

昨日まで、半年ぶりに沖縄に帰省していました。

とても充実した毎日で、大満足でした。

拙著、「宇宙のパワーを呼び込む生き方」の読者の方々との会食は、正心調息法の確認とともに、スピリチュアルな事柄から、国際政治、闇の勢力、資産防衛等について幅広く語り合い、とても楽しく有意義なものとなった。

沖縄の読者の皆さん、お食事を御馳走して下さった上、沢山のお土産を頂き、ありがとうございました!

また、映画「黒帯」の主演を演じた、超イケメン館長の主催する空手道場を見学し、その弟の副館長と会食できたのも極めて有意義なものであった。

武道一般、空手について多くを語り合えた。

子供たちの型の演武が素晴らしく、沖縄伝統空手が、しっかり次世代に受け継がれているのが確認出来、嬉しかった。

久々の友人達との語らい、母親とのドライブ等も楽しく、夢のような毎日だった。

青い空、コバルトブルーの海、心地よい風・・。

やっぱり、オキナワって、イイ!

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2010年10月17日 (日)

親子の絆

大紀元日本というホームページに、素晴らしい記事が載っていたので紹介します。

<心の琴線> 妻が亡くなった後 6歳の息子を叩いた私

 【大紀元日本10月12日】妻が4年前に事故による不慮の死を遂げ、私と息子の二人だけの生活になった。息子の世話や毎日の食事の支度に疲れ果て、仕事もうまくいかないことがよくあった。家事もうまくこなせない私と息子を見て、あの世で妻は悲しんでいるだろうか。私は父親役と母親役をうまく演じられず、何度も挫折感を味わった。

 ある日のこと。夜遅く家に帰った私は、疲れ果てて食事を作る気力もなく、スーツを脱いですぐにベッドに身を投げだした。その時、「パン!」という音がして、赤い汁とラーメンが飛び散り、シーツと布団が汚れてしまった。

 布団の中に、インスタントラーメンが置いてあったのだ。

 なんて子だ!と怒った私は、部屋を出て、おもちゃで遊んでいる息子のお尻を叩いた。あまりにも腹が立ったのでひどく叩きすぎた。そのとき、泣き出した息子が私にこう言った。

 「炊飯器の中のご飯は朝、全部食べちゃったんだ。夜ご飯は幼稚園で食べたんだけど、パパがいつまで経っても帰って来ないから、インスタントラーメンを見つけて、シャワー室の熱いお湯で作ったの。パパがガスは使っちゃいけないと言ったから。ひとつは自分が食べて、もうひとつはパパに残しておいたんだ。インスタントラーメンは冷めたら美味しくないから、パパが帰るまでお布団の中に入れておいたの。おもちゃに夢中になって、パパに言い忘れてた。ごめんなさい」

 息子の話に涙がこぼれた。それを隠すためにトイレに入り、蛇口を開いて思いっきり水を流しながら号泣した。しばらく心を落ちつかせてから、まだ泣いている息子を慰め、傷ついた彼のお尻に薬を塗って寝かしつけた。汚れたシーツと布団を掃除し終わった後、息子の部屋のドアをこっそり開けて様子を見ると、彼は母親の写真を手に握りしめたまま泣いていた。

 私は、立ったまましばらくそれを眺めていた。

 それ以来、私は母親の役割をもっとうまく演じようと心に決め、多くの時間をかけて息子の世話をするようにした。1年後やっと、幼稚園を卒業して小学校に入学する時期を迎えた。幸い、この間あった出来事は息子の心に影を落とさず、彼はのびのびと成長してくれた。

 しかしある日、私はまたも息子に手を出してしまった。

 幼稚園から突然、息子が幼稚園に来ていないという電話があった。不安でたまらない私は、すぐに仕事先を早退して家に戻り、息子の名前を何度も呼びながら住宅街の付近を必死で探した。

 やっと、文房具屋さんのゲーム機の前で遊んでいる息子を見つけた。私はまたも頭に来て、息子を叩き始めた。彼は何の言い訳もせず、ひたすら「ごめんなさい」と謝った。

 しばらくして私は、その日幼稚園で母親たちが子どものパフォーマンスを鑑賞する行事があったことを知った。

 数日後、息子から幼稚園で字の書き方を教わったと聞いた。それ以来、彼はしょっちゅう自分の部屋に閉じこもり、まじめに字を書く練習をしていた。天国にいる妻はきっと、息子の様子を見て安心しているだろうと思うと、なんども涙がこぼれた。

 息子は成長し、冬がやって来た。街中にクリスマス・ソングが流れるシーズンに、私の息子は再び問題を起こしてしまった。

 ある日、住宅街にある郵便局からクレームの電話があった。息子が宛先のない手紙をたくさんポストに投函したのだという。郵便局にとってこの時期は多忙きわまるシーズンであり、息子のいたずらは彼らにとって大迷惑だったのだ。

 もう息子を叩かないと心に決めた私は、急いで帰宅して、息子にそのわけをたずねた。何も説明せず、ただ謝るばかりの息子に業を煮やし、またもや手を出してしまった。私は郵便局に行って息子の手紙をもらってくると、彼の前に投げ出して、「どうしてこんないたずらをするんだ!」と怒鳴った。

 息子は泣き出して、「それ、ママに送る手紙なんだ」と答えた。

 この話に、私は目頭が熱くなった。懸命に感情を抑えながら、「どうして一度にこんなにたくさんの手紙をママに出すの?」と聞いた。

 「前は郵便ポストに手が届かなかったけど、最近やっと届くようになったから、前に書いた手紙も一緒に出したんだ」と息子は答えた。

 一瞬、茫然とした私は、すぐに言葉が出なかった。しばらくして息子にこう話した。「ママは天国にいるから、書いた手紙を燃やせば天国に送れるんだよ」

 夜、息子が寝た後、私は外に出て息子が書いた手紙を燃やし始めた。何を書いたのかと思い、何通か読んでみた。その中の一通に、ひどく心が痛んだ。

 「ママへ:

 ママに会いたい!今日、幼稚園でパフォーマンス発表会があったの。ママがいないから僕は学校に行かなかった。パパにも言わなかった。パパがママのことを思い出して悲しくなるから。パパは僕を探していたんだけど、でも僕はパパに悲しんでる自分を見せたくなかったから、ゲーム機の前で遊んでる振りをしたんだ。パパに理由を聞かれたけど、僕は何も言わなかった。

 毎日パパは泣いている。きっと僕と同じでママに会いたいんだ。ママ、僕の夢に出て来てください。会いたい人の写真を胸の上に置いて寝れば、その人が夢の中に出てくると聞いたんだけど、どうしてママは僕の夢に出てこないの?」

 もう何があっても、二度と息子に手を出さないと、手紙を燃やしながら私は妻に誓った。


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